FP・専門家に聞く
2026.06.09
【経済動向】物価高時代の家計行動-「節約」と「使う」の新しいバランス(久我尚子氏)
Share
公開:2026.06.09
今回の「経済動向」では、物価高時代の家計行動、「節約」と「使う」の新しいバランスについて解説します。
勤労者が実際に受け取った給与である名目賃金から、物価変動の影響を除いた実質賃金は長らくマイナス圏での推移が続いてきました。しかし、政府の物価高対策の効果などによって消費者物価指数の上昇率が低下したことから、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」(2026年3月分結果速報)では、3カ月連続でプラスとなりました(図表1)。
世帯全体の消費支出総額の動向を示す「総消費動向指数(CTIマクロ)」も2024年から約2年にわたって改善傾向が続くなど、個人消費も緩やかに改善しています。
ただし、足元では中東情勢を背景としたエネルギー価格の上昇が物価へ波及する可能性もあり、今後の動向には注意が必要です。
その中で、家計行動にはどのような変化が起きているのでしょうか。総務省「消費動向指数(CTI)」と総務省「家計調査」で、2026年2月までの二人以上世帯の消費動向について分析しました。
総務省「消費動向指数(CTI)」で二人以上世帯の消費内訳の状況を確認すると、「食料」や「家具・家事用品」が減少する一方で、「教養娯楽」や「交通・通信」、「教育」、「保健医療」は増加、あるいは横ばいで推移しています。
2025年12月までの状況を分析した際にも、同様の動きがありました。ここから、物価高によって実質的な可処分所得が目減りする中で、消費者が支出先を選別している様子がうかがえます。具体的には、食料や日用品といった日常的な支出を抑える一方で、旅行やレジャーなどの娯楽的な支出は維持しようとする「メリハリ消費」の傾向が続いているといえるでしょう(図表2)。
現段階(2026年4月28日時点)でのニッセイ基礎研究所の見通しによれば2026年の実質賃金はプラス圏での推移が見込まれているものの、低空飛行にとどまると見られます。中東情勢混乱の長期化などで物価がさらに上振れした場合には、実質賃金が再びマイナスに転じ、消費の回復が途切れるかもしれません。ただ、そうしたリスクに注意しつつも、実質賃金のプラスが続く限りは、これまでのメリハリ消費の基調が大きく崩れることなく続いていくと考えられるでしょう。
次に、「家計調査」で個別費目の支出額の変化(前年同月比)を見ていきましょう。
物価高で可処分所得に制約がある中、二人以上世帯では生活必需品の支出を抑える一方で、娯楽関連の消費は維持する傾向があることは前述のとおりです。その中でも旅行やレジャー関連支出は順調に推移しており、足元では特にパック旅行の需要の高まりが目立っています。
図表3からも二人以上世帯の「パック旅行費」は2025年に入って以降、改善傾向が続いていることがわかります。この図にはありませんが、パック旅行の内訳を見てみると、海外パック旅行の伸びが顕著になっています。背景には、円安への心理的順応に加えて、旅行価格の上昇が落ち着きつつあることや、燃油サーチャージ込みの定額プランなど費用感を把握しやすい商品が増えたことが挙げられるでしょう。また、インバウンド需要との競合を踏まえた「早めの予約」や「パックによる確実な確保」といった行動が広がったことも、支出増を後押しした可能性があります。
消費者は物価高の中で日々の生活にかかる支出を工夫しながら、楽しみに対しては前向きな選択をする「メリハリ消費」の姿勢が、鮮明に表れているといえるでしょう。
外食における「食事代」は、コロナ禍の反動増があった2023年に比べると伸び率こそ緩やかになっているものの、2025年も引き続き前年を上回る水準で推移しています。外食需要の底堅さが続いているといえるでしょう。
内食(自炊)の穀類については、2024年夏にかけての米価格の上昇による買い込み需要を背景に、「米」に加えて「パスタ」や「パン」といった他の穀類の消費も伸びています。米の代替品としての需要が高まったものと見られますが、その後は反動から「米」が減少するとともに、「パン」なども減少しています。ただし、「パスタ」や「即席麺」は「米」や「パン」と比べて回復が底堅く、利便性の高い食品への需要の強さがうかがえます。
また、内食・中食に関する品目の動向を見ると、「生鮮肉」は2022年以降、前年を下回る状況が続いている一方で、「冷凍調理食品」は2024年以降、前年を上回る水準での推移が続いています。「出前」も名目ベースではあるものの堅調な推移を示しています(図表4)。
「生鮮肉」の減少については、物価高が続く中で比較的高価格な食材の購入を控える動きが背景にあると考えられます。これに対し、「冷凍調理食品」や「出前」の食事需要が落ち込んでいないのは、単身世帯や共働き世帯の増加など中長期的な世帯構造の変化を背景に、利便性を重視する志向が一段と高まっているためと見られます。
このように食事分野の動向からも、消費者が価格と利便性の両面で厳しく選択を行っている姿が浮かび上がってきます。高価格な食材は控える一方で、時間や手間を節約できる食品やサービスには一定の支出を維持するという「メリハリ消費」が、生活の中に定着しつつあるといえるでしょう。
物価高の経験を通じて培われた「使い分けの感覚」は、家計に余裕が戻ったとしても消えるわけではないと考えられます。むしろ何にお金を使い、何を控えるかという選択の眼は、より洗練される方向に向かうと考えられます。今後も消費者から求められるのは、「この支出には価値がある」と消費者に感じさせる体験設計や、利便性と価格のバランスを踏まえた商品・サービスの提供ではないでしょうか。
食費に関して、現在8%の食料品の消費税を2年間「0%」に引き下げることが検討されています。この案が実施された場合に、年間の負担額がどのくらい軽減されるのかを試算してみました(図表5)。
(注)負担軽減額は食料(外食・酒類除く)にかかる現行の8%の消費税額
出所:総務省「家計調査」を基に久我氏作成
メディアなどでは「高所得世帯ほど恩恵が大きい」との論調もあるようです。しかし、試算では、1世帯当たりの年間の負担軽減額は高所得世帯ほど大きいものの、1人当たりの年間負担軽減額は、年収171万~235万円の世帯が最も大きく、約2.8万円になるという結果になりました。
この背景には、高所得世帯は家族の人数が多いことや、働いて収入を得ている人が複数人いることがあると考えられます。また、外食や酒類は消費減税の対象ではないため、外食の機会も少なくない高所得世帯では、消費減税の恩恵がそれほど多くはない可能性もあります。そう考えると、食事の中では“贅沢品”でもある外食と酒類を減税の対象から外す制度設計には、公平性を担保する観点から一定の合理性があるともいえるかもしれません。
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 上席研究員
久我 尚子 氏
2001年早稲田大学大学院理工学研究科修了(工学修士)。2001年株式会社NTTドコモ入社、2007年独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用、2010年ニッセイ基礎研究所入社。2021年7月より現職。総務省「統計委員会」委員。専門分野は消費者行動、心理統計、マーケティング。著書に集英社新書「選ばない消費―AI時代の暮らしと価値観」(2026年6月)など。
この記事の閲覧は日本FP協会会員、またはおためしユーザー限定です。
日本FP協会会員限定
ログインするログインすると下記の機能が利用できます。
24時間中にアクセスが多かった記事です。
1週間中にアクセスが多かった記事です
先週1週間中にいいね数が多かった記事です
1週間中にコメント数が多かった記事です
FPトレンドウォッチ
2026.06.04
キャッシュレス化はどこまで進んだ?統計でみるお財布事情
FPトレンドウォッチ
2026.06.03
高騰するスポーツ観戦費、その背景は
FP・専門家に聞く
2026.05.14
【資産運用】人生100年時代の新常識!リスクに備えつつ運用を続ける資産の取り崩し・活用術(横田健一氏)
FPトレンドウォッチ
2026.03.18
老後の不安は「家と友」で消える。資産寿命を枯渇させない活用術
FPトレンドウォッチ
2026.06.08
【税制改正大綱】貸付用不動産の評価方法見直しで、相続税対策はどうなる?
FPトレンドウォッチ
2026.06.09
【2026年6月改正】改正保険業法は顧客から見て何が変わる?
FPトレンドウォッチ
2026.06.05
【方向性まとまる】給付付き税額控除、そのねらいとは?【トレンド+plus】