FP・専門家に聞く
2025.08.12
【経済動向】日本経済を先読みする手法(武田淳氏)

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公開:2025.08.12
ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「経済動向」第3回目は、日本経済を先読みする手法とFPが注目したい経済指標について教えてもらいます。
2025年後半の日本経済見通しについては、トランプ関税の動向や中東情勢の緊迫化といったリスク要因はあるものの、回復に向かうと予想しています。最大の理由は、物価上昇が抑えられると見ているからです。昨年から今年前半にかけて景気がもたついた原因は、物価上昇によって消費が伸びなかったことでした。賃金は上がってきているのに、物価上昇が消費を抑制していたのです。
物価上昇の主な要因は、円安とエネルギー価格の上昇の2つです。しかし、この2つの要因はともにピークアウトが明確になってきています。円安は収まりつつあり、むしろ来年にかけて円高がどこまで進むのかが注目されています。エネルギー価格、特に原油価格については、中東の混乱で一時的に上がることはありましたが、基本的には落ち着いています。今後を考えると、産油国で構成されるOPECプラスが2025年4月から原油の減産幅を縮小したように供給の拡大が見込まれ、下がる可能性のほうが高いと見ています。
また、今年の春闘は連合が発表した平均賃上げ率が5.25%と非常に高い数字になりました。賃金の上昇が続くことで物価上昇が収まれば、消費は回復していくと考えられます。これが景気回復に向かうと予想する一番大きな要因です。
企業が設備投資に前向きであることも、景気回復の要因です。7月1日に日本銀行(日銀)が公表した「全国企業短期経済観測調査(短観)」では、設備投資計画(ソフトウェア含む、規模合計)が製造業で前年度比9.6%、非製造業が7.7%の増加になるなど強い数字になっています。人手不足に加えて、これまで設備投資が十分ではなかったこともあり、デフレ脱却の景気が動き出したタイミングで設備投資に踏み切る企業が多いことの表れでしょう。このように内需は上向きだと見ています。
トランプ関税がマイナス要因であることは間違いありません。とはいえ、25%への引き上げが予定されていた相互関税は15%までの引き上げにとどまり、自動車・自動車部品に対する25%の追加関税を半分の12.5%に引き下げることで合意しました。これにより、マイナスの影響は抑えられ、内需の強さでカバーできる範囲にとどめられるのではないかと期待しています。
ここからは、私たちエコノミストがどのようにして日本経済を先読みしているのかについてお話しします。
日本経済を左右する最も大きな要因は個人消費ですので、その先行きをどう見通すのかが重要になります。このコラムの第2回目では、GDP(国内総生産)の内訳は、家計部門による「個人消費」、「住宅投資」、企業部門による「設備投資」、政府部門による「公共投資」、海外部門としての「純輸出(=輸出-輸入)」などがあることを紹介しました(図表1)。現在の日本では、個人消費がGDPの半分以上を占めており、ここ数年の成長率への寄与も最大ですので、インパクトが非常に大きいと言えます。
次に影響が大きいのは輸出です。輸出はGDPの2割強の規模ですが、変動が大きいため影響度も大きくなっています。日本経済を先読みする際には、この2つが最も重要な要因となります。先ほど示したように、トランプ関税の影響で輸出がマイナスとなることは避けられないものの、個人消費が回復すれば、そのマイナスはカバーできるというのが当社の見立てです。
個人消費を予測するには、「所得」の先行きを見通す必要があります。個人の所得で最も割合が大きいのは、働く人が得る「給与所得(雇用者報酬)」で、雇用者の数と賃金の額で決まります。次に、給与から税金や社会保険料などを差し引いた可処分所得のうち、どのくらいの割合を消費に回すのかを表す「消費性向」を見ていきます。消費性向はマインドに左右されやすく、物価上昇や株価の動きなどの要素も影響します。これらを見ながら消費性向を見極め、「可処分所得×消費性向」で消費を予測します。
設備投資は企業が行うことなので、企業の「キャッシュフロー」と「金利」の動向に左右されます。キャッシュフローは企業の「利益」と言い換えても良いでしょう。設備投資をする際、企業は資金調達をすることが多いため、金利の動向も大きく影響します。
これ以外にも重要な要素があり、そもそも設備が足りているのか、不足しているのかという「生産設備の過不足状況」や、自社のビジネスが将来どのくらい成長するのかという「期待成長率」も確認します。つまり、「キャッシュフロー」、「金利」、「設備の過不足」、「期待成長率」から設備投資の先行きを予想します。
輸出は、日本からの主な輸出先であるアメリカ、中国、ヨーロッパ、ASEANなどの景気の先行きが重要な要素になります。為替の動向も重要です。最近増えているのが「サービスの輸出」で、全体の2割を超えてきています。
中でも成長著しいのが「インバウンド(訪日外国人消費)」で、これはGDP統計では輸出に計上されています。インバウンドは個人消費には含まれず、GDP統計の個人消費から差し引かれていることに注意が必要です。なお、インバウンドは、訪日外国人の国の景気や為替動向に左右されるほか、ビザの発行要件緩和などの政策要因も影響します。
「住宅投資」と「公共投資」、「輸入」も重要です。住宅投資は、金利の動きや家計の所得、最近では特に住宅価格と所得の関係によって左右される傾向が強まっているように思います。所得の上昇を住宅価格の上昇が上回れば、住宅投資は増えにくくなります。また、空き家が多いなど、ストックの状況も考慮する必要があります。
公共投資は国の予算(公共事業関係費)で予想できます。また、輸入も重要な構成要素で、これは国内需要の裏返しとなっています。国内の需要が増えると輸入も増えるという関係も、先読みのために知っておくべきポイントです。
経済活動は「マインド」が前向きになることから始まり、それが実現していくという意味でマインド指標には先行性があります。代表的なものとしては日銀が公表する「日銀短観」があります。日銀短観では、企業が景気をどう見ているか、また先行きをどう見ているかがわかります。ほかにも、内閣府が毎月行う消費動向調査の1つである「消費者態度指数」も注目したい指標です。
純粋な先行指標としては、内閣府が毎月発表する「機械受注統計調査」や、国土交通省が毎月発表する「建設工事受注動態統計調査」などがあります。これらは設備投資の先行指標として重要です。
輸出の先行指標としては、海外の景気動向が参考になります。さらに、景気動向指数の先行指数に含まれる在庫率、新規求人数、株価、商品市況、マネーサプライ(マネーストック)なども先行性があるとされています。
現在の日本経済では「物価と賃金の好循環」がキーワードになっていますが、その状況を把握するためには、景気が回復するメカニズムを理解し、頭の中でモデル化することが重要です。多くのエコノミストは、百を超える変数によるマクロ経済モデルを頭の中で組んで、経済予測を行います。FPの場合は、その中で肝となる10個程度の経済指標に注目して、頭の中でマクロ経済モデルをイメージすると良いのではないでしょうか。
例えば、賃金が上昇すれば消費が増え、消費が増えれば企業業績が良くなり、さらに給料や雇用が増えるという循環を理解していれば、景気に変調がありそうな場合に、どこに問題が起きているのかを見極めることによって、「今後、景気はこちらの方向に行きそうだ」と予測できるようになります。
経済予測では、1~2年程度の短期的な見通しだけでなく、5~10年スパンの長期的な見通しも重要です。一例を挙げると、為替相場では日米の金利差が縮小する(日本が利上げをし、米国が利下げをする)ことによって、当面は円高ドル安が進むかもしれません。
ですが、5〜10年のスパンでは日米経済の成長力の差から、円安ドル高が進むと見るほうが自然です。
短期と長期を使い分けると、投資戦略も変わるでしょう。目先は円高でも、将来的には円安が進むのであれば、短期的な円高は長期的にドル資産を持つチャンスと捉えることもできます。このように経済予測では、短期的な見方と長期的な視点を組み合わせることが大切になります。
伊藤忠総研 代表取締役社長、チーフエコノミスト
武田 淳 氏
1990年第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行し、第一勧銀総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)、みずほ銀行総合コンサルティング部などを経て、2009年伊藤忠商事入社。マクロ経済総括・チーフエコノミストとして内外政経情勢の調査業務に従事。2019年伊藤忠総研設立に伴って出向。2023年より代表取締役社長を兼務。
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