公開:2025.11.05

更新:2025.11.10

【元サッカー日本女子代表/澤穂希さん】 「逆境が人を強くする」。日本代表を優勝に導いた自立心とリーダーシップ(前編)

さまざまなフィールドで活躍する方々に、自身を成長させてくれた学びや人生における挑戦、夢や目標の実現について語っていただく本企画。今回は、日本女子サッカー界のレジェンド、澤穂希さんのインタビューを前後編でお届けします。前編では、現役時代の転機となった経験やお金に対する価値観、日本代表をワールドカップ初優勝に導いた「リーダー力」についてうかがいました。

お金のやりくりに苦労したアメリカ女子サッカーリーグ時代

——12歳で読売(現・日テレ)ベレーザに入団し、15歳で日本代表入り。その後もオリンピック4大会、ワールドカップ6大会に出場し、2011年のワールドカップでは日本代表チームの初優勝に貢献するなど、黎明期の女子サッカー界を牽引されてきました。現役時代の「お金との付き合い方」はどのようなものだったのでしょう。


20歳のとき、アメリカに女子サッカーのプロリーグができることを聞き、「海外で技術や経験を磨きたい」と決意。大学を中退して単身渡米しました。思い起こせば、この渡米経験が自分のなかでさまざまな価値観が変わった転機でしたね。

わずかな貯蓄を握りしめて渡米し、米コロラド州に本拠地を置くコロラド・デンバー・ダイヤモンズに入団しましたが、セミ・プロリーグなのでお給料はお小遣い程度。渡米当初は語学力もほぼなく、就労ビザではないためアルバイトもできませんでした。チームメイトの家に泊めてもらい、生活費を切り詰める生活を送っていました。

22歳のとき、アトランタ・ビートに移籍してプロ契約を結んでからは、きちんとお給料をもらえるようになりました。試合に勝ったときのボーナスや遠征費、食事の補助などが出るようになったので、生活にだいぶ余裕ができましたね。実は、「初めての確定申告」もこのアトランタ時代に経験したんです。もちろんすべて英語ですから、辞書を片手にチームメイトにもわからないところを聞きながらトライ。なんとか自分で申告することができました。

アメリカ時代の経験で「自分の核」となるものができた

——エージェントに頼らず、自分で渡米の手配をして、現地のクラブチームと直接、年俸などの交渉をするのは非常に大変だったのではないでしょうか。

とにかく「サッカーがうまくなりたい」という一心で渡米したので、当時は無我夢中でした。大変なことばかりでしたが、この「逆境に身を置く」という経験があったからこそ、強くなれたんだと思います。「自分の人生について、自分自身で考えなければいけない」という“核となる部分”が、アメリカ時代に出来上がったと思いますね。生活のこと、お金のこと、そしてこれからの自分の生き方について考える、良い機会だったと感じます。

もともと、子どものころから「早く自立して、自分の力でお金を稼ぎたい」という思いが強かったんです。中学時代に親が離婚したこともあって、仕事を掛け持ちしながら懸命にサポートしてくれる母の姿をずっと見てきました。だからこそ、お金に対する価値観は、昔から堅実なものだったと思います。ただ、貯蓄はコツコツする一方で、「ケチケチ」はしたくない。例えば、良い成績が残せたときは自分へのご褒美として時計を買うなど、メリハリのある消費をずっと心がけていました。

「苦しいときは、私の背中を見て」。行動で示すリーダーに

——2011年のFIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会で優勝した日本代表の活躍ぶりは大きな感動を呼びました。「なでしこジャパン」のキャプテンとしてチームを優勝に導いた澤さんですが、リーダーとして大切にしていたのはどんなことですか。


「なでしこジャパン」のメンバーは本当に個性的すぎるほど個性的で(笑)。「よくまとまりましたね」と言われることも多いのですが、皆が不得意なところをサポートし合って、それぞれの強みを最大限に活かすことができる——自然と足りないところにパズルがはまっていくような感覚があって、「ひとりで頑張らなくてもいい」という心強さがありました。

リーダーとしては、言葉ではなく行動やプレーで示すタイプだと思います。よくチームメイトにかけていた言葉が、「苦しいときは、私の背中を見て」。やっぱり、どんなにいいことを言ったとしても行動が伴わない「口だけのキャプテン」に、皆はついてきてくれない。本当に苦しいときでも最後まで諦めずに走りきる姿と、「ここぞ」という場面で点を取る決定力。そういう背中を見せられるリーダーを目指していました。

——職場や組織でリーダーに抜擢されたものの、「自分に自信がない」という場合はどうしたらいいでしょう。

私の場合、キャプテンを任されるようになってから特に、チームをまとめる者としての自覚と責任を持ってプレーするようになったと思います。「任された以上は覚悟を持って戦う」という気持ちが自然と芽生えました。

心にずっと残っているのは、子どものころに母に言われた「チャンスの波に乗りなさい」という言葉です。「チャンスをつかむのか、逃がしてしまうのかは自分次第だよ」と教えてくれました。それからは、悩んだり、迷ったり、人生のターニングポイントが訪れるたび、「これは私にとってチャンスなんだ」ととらえるようにしています。

そして「チャンスの波にうまく乗る」には、「日頃から準備しておくこと」が肝心です。サッカーで例えると、毎日の地道な練習をはじめ、対戦相手の緻密な分析、試合前のウォーミングアップをきちんと行うこと。試合中はいつパスが来てもいいように周りを見ておく。当たり前のことかもしれませんが、チャンスの波に乗れないことの一因には、「準備不足」があるのではないかなといつも感じています。

若いころ、「自分に自信が持てない」というのは誰でも同じです。でも、仕事をするうえで、業務を通じて積み重ねてきたことや、スキルアップするために資格の勉強をするといった努力は、必ず自分の血となり、肉となっているはずです。人とあれこれ比べず、「自分がこれまでやってきたこと」に自信を持ってほしいなと思います。

前編では、「お金に関する価値観」と「リーダーシップ」についてうかがいました。
後編は、11月10日公開予定です!

元サッカー日本女子代表

澤 穂希さん(さわ・ほまれ)

1978年生まれ、東京都出身。兄の影響で5歳からサッカーを始め、12歳で読売(現・日テレ)ベレーザに入団し、15歳でサッカー日本女子代表入りを果たす。2011年、FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会ではチームの司令塔として「なでしこジャパン」を初優勝に導き、大会MVP・得点王に。同年度のFIFA年間最優秀選手賞も受賞する。2015年に現役を引退し、現在は一児の母として子育てに取り組みながら、スポーツ普及のためさまざまな活動を行っている。

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