公開:2025.10.14

【年金制度改正】誤解の多い「年収の壁」 社会保険の加入対象拡大でどうなる?(松井一恵氏)

ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「年金制度改正」第5回のテーマは社会保険の加入対象者の拡大。短時間労働者の加入要件や個人事業所の適用対象拡大について、間違えやすいポイントや改正の影響などをまとめました。

税と社会保険の壁を混同する人が多い「年収の壁」

メディアでも頻繁に取り上げられる「年収の壁」問題。第3号被保険者がパートタイムなどで働く際、「壁」を超えると税や社会保険料の負担が生じ、一時的に手取り収入が減るため、「働き控え」を生む一因として議論されてきました。生活者からの注目度が高い一方で、誤解も多いテーマだと感じています。

混乱の原因は、「年収の壁」が複数存在していること。よくあるのは、税と社会保険の「壁」を混同しているパターンです。年収の壁は、税に関わるものと社会保険に関わるものに分かれ、税制改正などによって適用ラインが従来から変化しているものもあります。あらためて、それぞれの「壁」について整理しておきましょう。

まず、最初の分岐点となるのが、「住民税の壁」。現行では原則、前年の給与収入が年100万円(※)を超えると、住民税の支払いが発生します(2026年度からは前年の給与収入110万円に引き上げ)。次が、106万円もしくは130万円という「社会保険の壁」。現状では、厚生年金保険の被保険者数が51人以上である特定適用事業所に勤務する短時間労働者が一定条件を満たし(条件は後述)、年収が106万円以上となった場合、社会保険への加入義務が発生します。

勤務先が前述の「106万円の壁」の条件に当てはまらないときは、年収130万円以上になると配偶者の扶養から外れ、自ら社会保険に加入します。ちなみにこの「130万円の壁」は学生アルバイトなどには適用されません。19歳以上23歳未満で親などの扶養に入っている人(被保険者の配偶者を除く)は、2025年10月から「年収150万円」が社会保険加入の適用ラインに。年収150万円以上になると(※)、親などの税負担を軽減する扶養控除の対象外となったため、これに合わせて社会保険の扶養からも外れることになりました。

さらに、2025年の税制改正で変わったのは、扶養する側が所得税上の配偶者控除や扶養控除を受けられるかどうかの分かれ目となる「扶養の壁」です。これまでは「103万円の壁」と呼ばれていましたが、改正によって収入要件が年収123万円まで引き上げられました。年収123万円を超えたとき、配偶者特別控除が満額受けられるかどうかの分岐点も、従来の150万円から160万円に引き上げられています。

2025年の年金改正で「年収106万円の壁」は撤廃

2025年6月に成立した年金制度改正法で大きく変わったのは、上記の「壁」のうち、社会保険にかかわる「106万円の壁」です。

もう一度、現行の社会保険の加入要件をおさらいしておきましょう。パートタイマーやアルバイトなどの短時間労働者が社会保険の被保険者となるには、「1週間の所定労働時間および1カ月の所定労働日数が正社員など常時雇用者の4分の3以上である」という「4分の3基準」が大原則としてあります(この場合は学生も対象)。

一方で、現行制度では個人事業も対象のため、この「4分の3基準」を満たしていなくても、以下の①〜④に条件が当てはまれば、社会保険に加入することになっています。これまでは①被保険者数51人以上 、②短時間労働者の週の勤務が20時間以上、 ③短時間労働者の給与が月額8万8,000円(年収106万円)以上、④学生ではない、という4つの要件を満たすと、社会保険への加入義務が発生していました。しかし、改正によって①の企業規模や③の賃金などの要件が撤廃され、②の週の勤務が20時間以上と④の学生ではないこと、という要件のみになります。

図表1■社会保険加入の賃金要件と企業規模要件が撤廃

出所:年金制度改正法「改正事項について解説した補足資料(詳細版)」(厚生労働省)から一部抜粋

「年収106万円の壁」の撤廃は、法律の公布から3年以内に全国の最低賃金の引き上げ状況を見ながら判断するとされていますが、地域別最低賃金の最低額が1,016円を上回ると、どの都道府県でも週20時間勤務で月収8万8,000円を超えます。全国の最低賃金の平均(加重平均)は現在1,055円ですが、秋以降に改定される2025年度の地域別最低賃金は、全国平均で1,121円に(厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金の全国一覧」より)。早ければ2026年の春から「106万円の壁」は撤廃される見込みです。

もう一つ、見直しが行われたのは、①の企業規模要件です。改正により、従業員数50人以下の企業も対象となりますが、中小企業にとって新たな社会保険料の負担発生は重く、「すぐには対応できない」という反発もあります。こうした声を背景に、企業規模要件の撤廃については、今後10年かけて段階的に対象企業を拡大していく予定となっています(図表1「企業規模要件の撤廃」参照)。

また、社会保険に加入する個人事業所の適用対象も広がることになりました。これまでは金融・保険業や弁護士・公認会計士事務所など「常時5人以上の者を使用する法定17業種」のみが対象とされ、宿泊業や飲食サービス業、理美容、デザイン業などは対象外でしたが、改正後は常時5人以上の者を使用する全業種に適用されます(※)。今後は、5人未満の個人事業所などにも労使合意による任意加入を後押ししていくとのことです。

「手取り減の谷」を超えれば働き手にとってメリットも

改正を実施すると、「手取り収入をなるべく減らしたくない」というパートタイマーが最低賃金上昇によって就労調整をさらに早めるのではないかという声をはじめ、中小企業や個人事業所にとっては人件費上昇と社会保険料負担の“ダブルパンチ”になるのではないかという懸念も浮かび上がっています。

そうした不安に応え、新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者・事業主への支援策も公表されています。従業員数50人以下の会社が支援策を申請すると、例えば月収が8.8万円(年収106万円)であるパートタイマーの場合、通常労使折半となる負担の割合が労働者25%に対し、事業主75%に。事業主の上乗せ負担分は、国が全額補助する仕組みです(3年間の時限的な特例措置。詳細は図表2を参照)。

図表2■社会保険料負担軽減の支援策とは

出所:年金制度改正法「改正事項について解説した補足資料(詳細版)」(厚生労働省)から一部抜粋

社会保険料負担による「手取り減の谷」はできるものの、働き手にとってはメリットもあります。厚生年金に加入することで、将来の年金が増えることに加え、勤務先の健康保険から傷病手当金や出産手当金などが給付されるようになるからです。また、単身のパート・アルバイトなど、国民年金・国民健康保険料を全額自己負担していた第1号被保険者は、同じ就労条件でも今後は厚生年金と健康保険に加入するため、会社側が保険料を半分負担してくれることになります。法改正で新たに社会保険適用となる人の35%が第1号被保険者のため、こうした人にとって、今回の改正のインパクトは大きなものだといえるでしょう。

働く側からすると、「目先の手取り減」にどうしてもとらわれてしまいがちですが、今回の改正は、自身のライフプランと働き方を見直す良い機会にもなると思います。例えば、現在は配偶者の扶養の範囲内で働いているけれども、実は「もっと働いて世帯収入をアップさせたい」という意欲があるなら、前述の支援策を活用して保険料負担が少ないうちに、「壁超え」を目指すのも一つの手かもしれません。また、社会保険への加入は、民間保険の見直し・整理をする絶好のタイミングです。FPとしては、改正によるさまざまな影響を正しく踏まえたうえで、長期的な視点でアドバイスすることを心がけたいものです。

次回の【年金制度改正】分野は、「高所得者会社員の厚生年金保険料引き上げ」について解説します。
アコーディオン目次

お話を伺った方

CFP®認定者、特定社会保険労務士、宅地建物取引士、OfficeM 代表

松井 一恵 氏

1991年関西大学法学部法律学科卒業。金融機関、税理士事務所、司法書士事務所勤務を経て、2000年に社会保険労務士松井一恵事務所を開業。2008年にOfficeMと改称し、中小企業の支援や講演・講師として活動する。著書に『「ブラック企業」とゼッタイ言わせない 松井式 超! 働き方改革』(KKロングセラーズ)。

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