公開:2025.11.04

【リタイアメントプラン】公的年金は繰り下げが有利⁈ 意外と知らない注意点とは(深田晶恵氏)

ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「リタイアメントプラン」の第6回目は、公的年金の繰り下げについてメリット・デメリットをみていきます。

公的年金は繰り下げで年金額が増やせる

受給開始時期を遅らせることで年金額が増える公的年金の繰り下げ。60歳くらいから、「自分も繰り下げた方がいいか」と聞いてくる相談者が多く、関心は高いといえます。

繰り下げのメリットは、いうまでもなく年金額が増えることです。受給開始を1カ月繰り下げるごとに年金額が0.7%増え、5年繰り下げると42%増、10年繰り下げでは84%増となります。

一般的に65歳から5年繰り下げた場合の損益分岐年齢(何歳まで生きるとモトが取れるか)は82歳といわれており(正確には81歳11カ月)、それ以降、長生きするほど繰り下げしない場合に比べて受取総額が多くなります。老後の生活設計において、増額された年金を生涯受け取れるのは安心です。とはいえ、82歳より早く死亡した場合には、繰り下げしなかった方が受取総額は多かったことになります。

ほかにも繰り下げにはデメリットや注意点があります。そうした点に言及すると、繰り下げを否定しているなどといわれることがありますが、そうではありません。注意点などをお話しするのは、メリット・デメリット、注意点をしっかり理解したうえで相談者に選択してほしいと思っているからです。

どのようなデメリット・注意点があるか、見ていきましょう。

デメリット・注意点① 加給年金が受け取れない可能性

相談者がご夫婦の場合に気をつけたいのが、「加給年金」です。加給年金は厚生年金の受給資格者が65歳になった時点で65歳未満の配偶者や18歳未満の子がいる場合、一定の要件を満たすと支給されるものです。しかし、加給年金は厚生年金に紐付いているため、厚生年金を繰り下げている間は加給年金を受け取ることができません。 「繰り下げもしたいし、加給年金も受け取りたい」といった場合は、厚生年金は繰り下げずに、基礎年金のみを繰り下げて受け取ることを検討するといいでしょう。

デメリット・注意点② 遺族厚生年金は元の年金額が基準になる

繰り下げを選択した夫が死亡し、妻が遺族厚生年金を受け取るケースでは、繰り下げによって増えた年金額ではなく、65歳時点の年金額を基準に遺族年金の額が決まります。繰り下げで増えた分は反映されず、元の年金額になるのです。夫死亡後の妻の生活設計を考える際には注意が必要です。

デメリット・注意点③ 社会保険料などで手取りは額面ほど増えない

年金額が増えると、税金に影響しますし、国民健康保険料や介護保険料が増えることにも注意が必要です。

税金の税率は年金収入450万円程度まで所得税率5%で変わりません。影響が大きいのは国民健康保険料と介護保険料です。図表は年金収入と手取りの関係を試算したもので、年金収入が240万円の場合、手取り額は207万円、収入に対する手取り率は86.3%です。対して年金収入が300万円では、手取り額は251万円、手取り率は83.7%となります。年金額は60万円多くても、手取りは44万円増(いずれも東京23区在住の国保加入者、本人年齢は66歳、配偶者の年金は90万円の場合。2025年の手取り額)。繰り下げしても、額面と同じ割合で手取り収入が増えるわけではないのです。

前述の損益分岐年齢82歳は額面ベースの話であり、手取りベースで計算するとプラス2~3歳くらいあとになります。特に企業年金や個人年金が受け取れる期間は総収入が多くなり、税や社会保険料の負担が重くなる可能性があります。

そもそも年金にも税金や社会保険料がかかることを知らない方も少なくありません。年金額=手取り額ではないことは、相談者にもぜひ知っていただきたいところです。

図表■2025年の年金の手取り額の試算

年金収入手取り額手取り率
200万円176万円88.0%
240万円207万円86.3%
280万円236万円84.3%
320万円265万円82.8%
360万円294万円81.7%
400万円326万円81.5%
出所:深田晶恵氏作成
※東京23区在住の国保加入者。本人年齢は66歳、妻の年金は90万円の例で試算

デメリット・注意点④ 医療費の自己負担が重くなる可能性

さらに注意したいのが、繰り下げで年金額が増えると医療費や介護費の自己負担割合が高くなるケースがあることです。

70歳以上の医療費の自己負担額は、原則2割または1割ですが、「現役並み所得者」(課税所得145万円以上)になると3割となります。

なお、ここでいう「課税所得」は、所得税の課税所得ではなく住民税の課税所得です。住民税の所得控除は所得税の所得控除より額が少ないものも多いため、住民税の課税所得のほうが高くなることを知っておきましょう。

公的年金を65歳から受給すると、現役時代の収入が高かった人でも年金額が240~260万円で、ほかに収入がなければ課税所得が145万円以上になることはありません。しかし65歳時点の年金が200万円(一般的な年金額)の人が5年繰り下げると年金額は284万円、10年繰り下げると368万円に増え、そこに企業年金や個人年金が加わると、「現役並み所得者」となる可能性が高くなります。

また高額療養費による自己負担上限額にも大きな影響があります。

70歳以上で所得区分が「一般」の場合、外来(個人ごと)では1カ月の上限が1万8,000円、外来+入院(世帯ごと)では5万7,600円です。対して「現役並み所得者」では、課税所得145万円以上で、外来、外来+入院とも、8万100円+(医療費-26万7,000円)×1%、課税所得が380万円以上ではさらに上限額が上がります。

所得区分は数年に一度程度見直され、今後はさらなる細分化とともに負担増が予想されます。収入が多いと、医療費の負担は重くなる傾向にあることも相談者に伝える必要があります。

デメリット・注意点⑤ 介護保険のサービス利用料の負担に注意

介護保険サービスの自己負担割合にも注意が必要です。

本人の所得が160万円未満(収入が公的年金だけなら収入換算すると約270万円未満)の場合、負担割合は1割です。65歳から受け取る年金額が270万円以上となる人は少数派で、繰り下げをせず、かつ、ほかに収入がなければ1割に該当しそうです。

しかし繰り下げして年金額が多くなったり、企業年金や個人年金を受け取ったりする人は、2割負担、3割負担になる可能性があります。

企業年金などの受給期間が65歳から10年間などの場合には、介護が必要になる頃には公的年金だけの収入になっている可能性もありますが、予測は不可能です。 また所得に応じた1カ月の負担上限額を超えると、「高額介護サービス費制度」により、上限額を超えた分が還付されます。課税所得が380万円未満なら、負担上限額(月額)は世帯で4万4,400円ですが、380万円以上では上限額は9万3,000円まで跳ね上がります(課税所得690万円以上の上限額は14万100円)。課税所得により介護サービス費の上限額は大きく変わること、そして要介護の状態は長期間続く可能性があることも念頭に置く必要があるでしょう。

iDeCoに70歳まで加入なら基礎年金は繰り下げる必要

公的年金繰り下げのメリット・デメリット、注意点をみてきましたが、最後に、iDeCo(個人型確定拠出年金)との関係を述べておきます。

2025年度の年金制度改正では、iDeCoの加入上限年齢が引き上げられることが決まりました(施行は2027年1月の予定)。加入とは掛金を拠出することで、現在の加入上限年齢は国民年金の第1号被保険者と第3号被保険者が60歳未満、任意加入被保険者と第2号被保険者は65歳未満です。言い換えると国民年金または厚生年金の保険料を払っている期間はiDeCoに加入できる(掛金を拠出できる)ということです。

改正法では、60歳以降は国民年金や厚生年金の保険料を払っていなくても、最長70歳まで掛金を拠出できるようになります。拠出できるのは、65歳までに1カ月でもiDeCoの加入者や運用指図者だった人、あるいは企業型DC(確定拠出年金)の加入者だった60歳以上70歳未満の人で、DCの資産をiDeCoに移管できる人です。いずれの場合も、iDeCo やDCの老齢給付金や、公的年金の老齢基礎年金を受け取っていないことが条件となります。

つまり、iDeCoに70歳まで掛金拠出するには、基礎年金を繰り下げる必要があるのです(厚生年金は受け取ってもいい)。これは大きな注意点で、今後のリタイアメントプランニングに大きく影響しそうです。

リタイア後にiDeCoの掛金を出すのは難しいと思うかもしれませんが、それまでに貯めた老後資金の一部を掛金に回す方法もあります。運用によって老後資金を増やせる可能性があるほか、iDeCoの掛金が全額、所得控除されることで、給与や厚生年金などの収入にかかる所得税・住民税を軽減する効果も期待できます。

50~60代の人が65歳以降もiDeCoに掛金を拠出するかどうかを今すぐ決める必要はありませんが、iDeCoに未加入なら、「60歳までにiDeCoに加入しておけば65歳以降に続ける権利を獲得できる」、ということは伝えておきたいところです。

さて、6回にわたってリタイアメントプランニングについてお話してきました。コンサルティングの席では、退職金や企業年金、個人年金、公的年金の受け取り方や社会保険料や医療費・介護費のかかり方など、相談者から「知らなかった」という声をお聞きすることが少なくありません。ポイントや注意点を正しくお伝えし、その方の状況や価値観、お金の使い方に合ったプランニングを心掛けましょう。

アコーディオン目次

お話を伺った方

CFP®認定者、株式会社生活設計塾クルー 取締役

深田 晶恵 氏

外資系電機メーカー退職後、1996年にFP資格を取得。FP会社を経て独立。コンサルティングを中心にメディアでの情報発信、講演活動を行う。定年退職前後の生活設計、退職金などの受取方法アドバイス、共働き夫婦の家計管理、シングル向けの生活設計など、得意分野は多岐にわたる。モットーは「すぐに実行できるアドバイスをすること」

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