FP・専門家に聞く
2025.07.15
【経済動向】エコノミストはどうやって経済を見通しているのか?(武田淳氏)

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公開:2025.07.15
更新:2025.07.11
ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「経済動向」第2回目は、エコノミストはどうやって経済を見通しているのかを教えてもらいます。
このコラムの第1回目では、トランプ関税の影響や2025年後半の世界経済動向について、当社の想定を説明し、それを前提とした世界と日本の経済動向をお伝えしました。今回は私たちエコノミストがどのように経済予測を行っているのかを紹介したいと思います。
経済予測を行ううえで最初に行うことは、経済の現状を分析し、評価することです。現在の方向性、つまり経済が上向きなのか、下向きなのか、横ばいなのかを確認します。次に、方向性を決めている要因を分析し、特定していきます。要因としては、例えば物価の高騰や賃金の上昇などがあります。賃金が上がれば消費が拡大し、経済が上向くことにつながるでしょう。物価高騰が続けば、いずれ景気にブレーキがかかって、下向きに変わる可能性もあります。そのうえで、それらの要因がいつまで続きそうなのか、先行きを見極めていきます。物価の高騰の場合には、円安が収束すれば収まるだろうとか、お米の価格が下がれば物価高騰も落ち着くのではないかなどの予測を立てます。
さらに、今までなかった新しい要因が出てくる可能性についても考慮します。新しい要因としては、主に政策要因と外部要因の2つが挙げられます。最近の例では、エネルギー補助金の復活やトランプ関税、イスラエルとイランの紛争などです。これらのインパクトとその持続期間を見極め、すべてを足し合わせることで経済の先行きが見えてきます。
経済メカニズムに沿った動きであれば、要因をしっかり分解することで精度の高い予測ができます。ただし、イレギュラーなこと(新しい要因)が起こらないことが前提となります。重要なことは、それらの要因がもたらすインパクトを測ることです。これはエコノミストの間でも評価が分かれるところであり、力量によっても違いが出てきます。
例えば、原油価格が10ドル下がった場合、それがガソリン価格に反映されるまでには時間がかかります。原油がタンカーで日本に運ばれ、卸売業者を通じてガソリンスタンドに並ぶまでには2〜3カ月かかることもあります。また、ガソリン価格の変動が物価全体にどの程度影響するかといった定量的なインパクトを把握しておくことも重要です。これらの「物差し」をたくさん持っているのがエコノミストの強みです。大工さんがいろいろな仕事道具を使って家を建てるように、エコノミストもさまざまな分析手法を使って景気の先行きを予測しています。
エコノミストによる経済予測は、政府などが発表する公式統計を基本とし、定性情報や分析でその隙間を埋めていきます。ここでは主にヒアリングと計量的な推計を活用します。統計データは発表されるまでに1~2カ月のタイムラグがあるため、足元の状況を把握するためにヒアリングが重要になります。例えば、自動車の販売台数に関する統計であれば、自動車業界に関する幅広い情報網を持つ自動車ディーラーなどにヒアリングをして情報を得ることもあります。
統計が未整備な海外の国や地域については、特にヒアリングで情報を補完する必要があります。新興国の場合には、突然、統計の発表をやめる可能性もなくはありません。そのような場合は、できるだけ多くのネットワークを通じて情報を収集していきます。定性情報を数字にどう置き換えるのかが、エコノミストの腕の見せどころです。
そもそも論になりますが、エコノミストは経済全体、中でもマクロ的な動きを捉えることが仕事です。アナリストが特定の分野を掘り下げて分析するミクロ的な視点を持つのに対し、エコノミストはより大掴みに全体像や方向性を見ています。
私自身が最もしっくりくる例えは“気象予報士”です。気象予報士が天気という環境の変化について情報提供するように、エコノミストは経済という環境について分析し、予測を提供しています。言ってみれば、エコノミストは、ビジネスパーソンのための気象予報士のような存在です。医者に例えることもできますが、診断はしても手術はしない点が違います。ちなみに、経済評論家との違いは、単なる解説ではなく、経済理論などオーソライズされた手法に基づいて分析を行い、情報を提供しているかどうかだと思います。
エコノミストが提供する経済レポートは、企業が経営計画や事業計画を作る際の外部環境情報として活用されています。金融市場の行方や資金調達に関する情報を求められることも多々あります。
個人の場合には、住宅購入のタイミングなど、ライフステージのビッグイベントに関する判断材料として利用されます。私は以前、金融機関でエコノミストをしていましたが、そのときには個人のお客さまから「金利はどうなりますか?」「不動産価格はどうなりますか?」といった質問をよく受けました。
海外旅行に関して「今どの国が為替の面でお得ですか?」「物価はどうですか?」といった質問もあります。最近は特に為替の動きに敏感な方が多く、修学旅行など団体旅行の計画者からの問い合わせもあります。企業からは海外進出に関する相談もあり、特に中堅・中小企業からの需要が高まっている印象です。
最も基本的なものは消費者物価指数の上昇率、つまりインフレ率(図表1)です。「経済の体温計」ともいわれ、インフレ率によって金融政策や賃金が変わってきます。教科書的にいえば、物価が上がりすぎれば景気が過熱しているため金利を上げてブレーキをかけ、物価が下がれば経済が冷えているということで景気刺激策が打たれます。
次に押さえておきたいのは実質GDP成長率、いわゆる経済成長率です。ただし、単にプラスかマイナスかではなく、潜在成長率を超えているかどうかが重要になります。潜在成長率とは、経済の実力ベースの成長率です。日本の場合は現在0.6〜0.7%程度、アメリカは2%強、ヨーロッパは1%台半ばとされています。
潜在成長率は、労働力、資本(設備)、生産性の3要素で構成され、国によって異なります。労働力が増加傾向ならば、経済成長を押し上げる力があると考えます。設備投資に前向きならば生産力が向上し経済は成長するでしょう。生産性は資本と労働力をいかに効率的に活用できているかを表す指標ですから、高まればより効率的に付加価値を生み出すことができます。
なお、GDPは全体の変化だけでなく、内訳も参考になります。家計部門による「個人消費」、「住宅投資」、企業部門による「設備投資」、政府部門による「公共投資」、海外部門による「(純)輸出」などがあり、どれが増えているかによって、業界ごとの動きも違ってきます。一般的に、先進国では「個人消費」のウエイトが大きく、新興国では政府部門による「公共投資」や「輸出」のウエイトが大きい傾向があります。国と国を比較する場合には、国の豊かさを図る指標の一つである、国民1人当たり名目GDP(図表2)にも注目します。
FPの方々も経済情勢を知っておくことで、顧客に情報提供する際の材料として活用できます。例えば、資産運用に関するアドバイスでは、長期、積立、分散投資をベースにしながらも新たな選択肢を求める顧客に、経済環境の変化に応じた投資先の選択肢を提案することなどが考えられます。トランプ政権の政策や国際情勢の変化を踏まえて、アクティブな投資戦略や、地域・セクターの選択に関するアドバイスができれば、顧客にとって価値ある情報提供となるのではないでしょうか。
伊藤忠総研 代表取締役社長、チーフエコノミスト
武田 淳 氏
1990年第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行し、第一勧銀総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)、みずほ銀行総合コンサルティング部などを経て、2009年伊藤忠商事入社。マクロ経済総括・チーフエコノミストとして内外政経情勢の調査業務に従事。2019年伊藤忠総研設立に伴って出向。2023年より代表取締役社長を兼務。
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