FP・専門家に聞く
2025.07.15
【経済動向】エコノミストはどうやって経済を見通しているのか?(武田淳氏)

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公開:2025.07.09
更新:2025.07.09
ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「リタイアメントプラン」の第2回目は、退職金や企業年金の受け取り方について、基本的な知識とFPが相談の現場でどのように助言すべきかについて解説します。
退職金や企業年金は、公的年金に次いで老後資金の柱になるものです。しかし、勤務先の退職金制度を前もって把握している人、理解している人は多くありません。
定年は60歳とされていることが多く、公務員は60歳になってから最初の年度末、民間企業では60歳になる誕生日月の月末または翌月末が一般的です。再雇用や雇用延長などで定年後も仕事を続けるにせよ、60歳の定年退職時に退職金や企業年金を受け取ります。
企業によっては退職金のほかに企業年金があったり、退職金の受け取り方を一時金受け取りや年金受け取り(分割受け取り)から選べたりするケースもあります。種類が複数あり、年金受け取りでは受取期間を10年、15年から選択できる、終身受け取りも可能など、実にさまざまです。どう受け取るかによって金額も異なり、多くの人は「どう受け取ればいいのか……」と悩むのが普通でしょう。
そのうえ、早いうちから退職金制度について案内している企業は少なく、考える時間は限られています。早くても定年退職の2~3カ月前、中には1カ月前に内容について説明を受け、大慌てで相談にくる人も少なくありません。「複雑で内容がよくわからない」「何をどう判断すればいいのかもわからない」。そのようなことから受け取り方についての相談が増え、スケジュールはタイト、となりやすいのです。
退職金の受け取り方を検討するうえでは、所得の種類や課税方式、社会保険料への影響を押さえておく必要があります。退職金や企業年金は受け取り方によって所得の種類や課税方式が異なります。
一時金で受け取った場合は「退職所得」で、勤務年数に応じた退職所得控除が受けられます。その年にほかの所得があっても合算されない「分離課税」であること、また社会保険料がかからないのが大きな特徴です。
退職所得控除は勤続年数に応じて異なり、20年以下では1年当たり40万円、20年超の部分は1年当たり70万円です。23歳で就職して、60歳で退職した場合は勤続年数が38年となり、退職所得控除は「(40万円×20年)+(70万円×18年)」で2,060万円。一時金を受け取っても2,060万円までなら税金がかかりません。
退職所得控除の額を超えても、超えた分の全額ではなく、1/2が退職所得となります。勤続年数38年、退職一時金が3,000万円なら、「(3,000万円―退職所得控除2,060万円)×1/2」で、退職所得は470万円のみです。また分離課税のため、ほかに所得があっても税率に影響しません。退職所得控除はかなり大きな控除であり、控除枠を使い切ることが、受け取り方を検討するうえでの重要なポイントといえます。
一方、年金で受け取る場合は「雑所得」として公的年金等控除が使えます。控除額は年齢と年金額によって異なり、最低保障額は65歳未満では60万円、65歳以上は110万円です。公的年金や確定給付年金、確定拠出年金なども合算されますから、年金額が多い人では控除額を大きく上回ることになります。また雑所得は「総合課税」のため、給与所得などがあれば所得が多くなり、税率が高くなることもあります。
具体的に、60歳で退職金2,000万円を全額一時金で受け取る場合と年金受け取り(10年分割で受け取る)の場合について試算してみましょう。年金受け取りでは運用益が加算され、ここでは運用率2%とします。また60代前半は年収350万円で働き、65歳からは公的年金220万円を受け取ると仮定します(扶養家族は配偶者、東京23区在住、勤続年数38年、60歳前半の健康保険は協会けんぽ加入の例)。
退職金を一時金で受け取った場合、給与、公的年金を合計すると、10年間の額面収入は4,850万円です。対して年金受け取りでは、退職金に運用益(210万円)が付き、額面収入は5,060万円となります。
では「手取り額」ではどうでしょうか。一時金受け取りでは退職所得控除によって課税はなし、社会保険料もかかりません。対して年金受け取りでは、公的年金等控除を上回る分は給与などに加算されて総合課税になりますし、65歳でリタイアしたあとは社会保険料もかかります(社会保険加入で働いている間は給与に応じた社会保険料がかかり、年金にはかからない)。そのため、手取り収入は一時金受け取りのほうが多くなる、逆転現象が起きます。
額面では年金受け取りの方が総受取額は多くなるものの、手取りでは一時金受け取りのほうが有利になりやすい。これが10年近く、退職金受け取りについて相談を受けてきた中での総論です。
ただし受け取り方の有利、不利は、年金受け取りの場合の運用利率や、社会保険加入で働く期間などによっても異なりますので、相談者の状況に沿って試算することが重要です。個人年金に加入している場合などは、個人年金の受け取り方についても合わせて検討、助言する必要があるでしょう。
前述のとおり、受け取り方を検討する時間は限られています。すべての人がFPに相談するわけではなく、人事の人から、「だいたい皆さん、こうしています」「退職所得控除の額までは一時金にするなどの考え方もあります」などのヒントを得て、「皆がそうしているなら自分も……」などと決める人もいるようです。
相談者の関心事の多くは、「どう受け取るのが得か」です。損得については、額面ではなく、手取りで比較する必要があることを説明しますが、もう1つ、お伝えすべきなのは、「ライフプランに合った受け取り方を選ぶことが重要」であることです。必ずしも、手取りが多いほうを選択するのが正解とは限らない。大事なのは、60歳以降も安心して暮らせることであり、そのためにはライフプランや家計の状況を確認し、相談者に合った受け取り方を提案する必要があります。
退職金を一時金で受け取ると、気が大きくなって浪費してしまう人もいます。また退職金を受け取ると、「運用して増やさなければ!」と焦って無謀な投資を考える人も少なくありません(私はそれを「運用病」と呼んでいます)。このような相談者に対しては、一時金受け取りと年金受け取りを半々にするなど、相談者の状況に応じた助言をするように心がけています。
60代以降の収支を考えることも重要です。私は、退職金の相談に限らず、すべての相談者に、年間でいくら使っているか、年間いくら貯蓄できているかを把握するための「年間決算シート」を作成していただきます。例えば年間支出が500万円なら額面で700万円程度の収入が必要ですが、再雇用後にそれだけの収入が得られる人はかなり限られています。60歳から企業年金が支給され、給料と企業年金で生活できたとしても、リタイアして公的年金と企業年金だけになればかなり厳しくなるでしょう。
そうしたケースでは、退職金を一時金で受け取って住宅ローンを繰り上げ返済し、リタイア後の家計負担を減らすのも一案です。このように、リタイア後の家計、またいつまで働くかなどを考えたうえで、適した受け取り方、使い方を考えることが重要なのです。課税方式や社会保険料の影響を考慮したうえで、相談者に合ったプランニングが求められます。
CFP®認定者、株式会社生活設計塾クルー 取締役
深田 晶恵 氏
外資系電機メーカー退職後、1996年にFP資格を取得。FP会社を経て独立。コンサルティングを中心にメディアでの情報発信、講演活動を行う。定年退職前後の生活設計、退職金などの受取方法アドバイス、共働き夫婦の家計管理、シングル向けの生活設計など、得意分野は多岐にわたる。モットーは「すぐに実行できるアドバイスをすること」
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