公開:2026.10.07

【謎解きクリエイター/松丸亮吾さん】「好き」を仕事に「夢」を現実にする 人生の決断と金融リテラシー(前編)

さまざまなフィールドで活躍する方々に、自身を成長させてくれた学びや人生における挑戦、夢や目標の実現について語っていただく本企画。今回は、謎解きクリエイターの松丸亮吾さんのインタビューを前後編でお届けします。前編では、謎解きに熱中した幼少期から、大学在学中の起業まで、「人生の決断とキャリア」について語っていただきました。

謎解きの魅力に開眼、自ら問題をつくり始めた幼少期

——幼少期はテレビの謎解き番組に熱中し、小学4年生からは自分で謎解きの問題をつくり始めたそうですね。松丸さんが子どもの頃に感じた謎解きの魅力とはどのようなものだったのでしょうか。

僕は4人兄弟の末っ子なんですが、「男ばかりの4兄弟」って、競争がかなり熾烈なんです。かけっこやゲームをして遊んでも、兄たちは一切手加減なしなので、何をやっても勝てるものがなかったんです。悔しい思いをしていたときに、出合ったのが謎解き番組でした。

クイズ番組だと知識量がものをいうので、やはり年上の兄たちには勝てない。でも、「ひらめき」で解ける謎解きは、固定観念にとらわれない柔軟な思考もプラスに働くので、兄たちよりも早く正解できたんです。「お兄ちゃんたちに唯一勝てる、自分が得意なもの」として認識したのが、謎解きにハマったきっかけですね。そこから自分でも、謎解き問題をつくり始めるようになりました。


——幼少期に熱中するものがあっても、成長するにつれ、ほかのことに興味が移ってしまうことも多いと思います。松丸さんがずっと「謎解き」に対する熱意を持ち続けられたのはなぜでしょう。

マイペースで周りの目を気にしないタイプだったからというのもありますが、両親の影響も大きいですね。「謎解き」は学校の勉強に役立つわけではないし、そうした趣味に熱中する暇があれば、もっと塾や習い事に時間を振り分けたほうがいいと感じる人もいるでしょう。でも、ありがたいことにうちの両親は「本人の得意なことを徹底的に追求させたほうがいい」という教育方針でした。

僕は自分がやりたいことにはとことんのめり込む性格なのですが、その半面、苦手なことに関しては腰が重くなるし、人よりも作業に時間がかかるんですよ。今でも、事務作業は大の苦手ですね(笑)。僕が得意とすることや苦手なことを見極めたうえで「亮吾のいいところ、得意な分野をほかの誰も追いつけないぐらい、伸ばしてあげよう」と支えてくれた両親が、謎解きへの熱意を後押ししてくれたと思っています。

東大在学中に起業、「謎解き」ブームを巻き起こす

——東京大学に進学されてからは、謎解きサークルの代表となり、さまざまなメディアを通して「謎解きブーム」の火付け役となられました。「謎解きを仕事にしたい」という思いは、いつ生まれたのでしょう。

入学してすぐに入った謎解きサークルが楽しくて、週1回だった活動が「毎日」となり、文化祭の時期は徹夜でイベント準備をして……大学生活は“謎解き一色”でしたね。大学2年のときに当時のサークル代表に「次の代表をやってくれないか」と打診されてからは、さらに活動に熱中するように。メディアにも出るようになって、謎解きの認知度も上がり、「自分に合っているのは、クリエイター系の仕事だな」と考えるようになりました。

でも、当時は「謎解きを仕事にしたい」とはまったく考えていなかったんですよ。子どもの頃からゲームも好きだったので、希望の職種はゲームクリエイター。ゲーム業界で働く方に将来を相談したら、「入社はできると思うけど、もったいないよ」と言われて。「ゲームクリエイターになりたくても、新卒は希望と違う部署に配属されたりする。松丸くんは、“謎解き”という唯一無二のものをすでに持っているのだから、自分で事業を起こしたほうがいいんじゃないか」とアドバイスされたんです。芸能界やスタートアップ系など、別の業界の先輩方にも同様の助言をもらって、在学中に思い切って起業することにしました。

人生の決断を支えるのは「どうなりたいか」というビジョン

——2019年に大学を休学して、謎解きクリエイター集団「RIDDLER(リドラ)」を設立されました。今では各メディアへの出演や書籍の出版をはじめ、謎解きスタジオの運営、さまざまな企業とのコラボレーションなど、幅広くご活躍です。当時を振り返って「起業」という決断に不安はなかったですか?

大学在学中は謎解きにのめり込みすぎて、単位がギリギリとなり、留年することになってしまったんですね。「留年して何をしていたんですか?」と聞かれたときに「会社をやっていました」という回答だったら、格好がつくかなと(笑)。でも、2〜3年チャレンジしてみて、たとえうまくいかなかったとしても、「自身のキャリア形成の一助になる」という確信があったので起業できたんだと思います。

おかげさまで優秀なメンバーに支えられて、ここまで順調に会社を成長させることができました。「休学」のリミットが近づいていたタイミングで、大学に戻るか、それとも中退するかという岐路に立たされたのですが、昨年に大学を辞めてRIDDLERの仕事に専念することを決断しました。「東大」や「大卒」という肩書きにしばられずに、「自分がやりたいことに思い切り打ち込む人生にしよう」と思ったんです。


「せっかく頑張って入った東大を辞めるなんてもったいない」というご意見もいただいたんですが、仕事を続けていく中で、「謎解き」でのクリエイティブな実績のほうが「東大卒」よりも僕のアイデンティティとなっているということを、あらためて実感して。決断の裏には、もちろん不安や葛藤がありましたけど、「自分がどうなりたいのか、どう生きていきたいか」というビジョンがあれば、プラスの方向に進んでいけるのではないかと思っています。

お金のリテラシーは「夢を実現する」ためにも必須

——ご自身で大きな決断を重ね、「好き」を仕事にしてこられた松丸さんですが、もしFPと話す機会があるとしたら、「相談してみたい」と思うテーマはありますか。

投資に関しては個人的にも興味があり、少しずつ実践しています。これには理由がありまして、やはりクリエイターとしてモノづくりをするうえで、ネックになるのが「お金」なんです。やりたいことや面白いアイデアが浮かんでも、予算がないとビジネスとして実現できない。投資をすることで、生きていくために困らないお金を確保できれば、もっと仕事でリスクを取ってやりたいことにチャレンジできるんじゃないか。そんな思いから、投資に関してはただいま勉強中です。

ですから、FPに相談できるのであれば、「何歳までにどれくらいの資産があれば、こうしたビジョンを実現できますか」と聞いてみたい。実は今、一番関心を持っている資格がFP資格なんですよ。投資も「難しい」とか「損しそうで怖い」と思われがちですけれど、「資産を守る」という観点から考えると、インフレがどんどん進みつつある今、現金で持っているほうがリスクじゃないですか? FP資格で学ぶような知識は、これからの社会では必須のリテラシーなのではないかと思っています。

お話をうかがった方

謎解きクリエイター
RIDDLER(リドラ)株式会社 代表取締役

松丸 亮吾さん (まつまる・りょうご)

1995年千葉県生まれ。東京大学在学中に謎解き制作集団AnotherVisionの2代目代表を務め、「謎解きブーム」の火付け役に。2019年に謎解きクリエイター集団RIDDLER(リドラ)を設立し、代表取締役に就任。「考えることを誰もが好きになれる世界をつくる」を理念に、謎解きの魅力と面白さを、さまざまなメディアやイベントを通じて伝えている。 2023年には「謎解き」の考え方を活かしたひらめき学習プログラム「リドラボ」を開発するなど、教育事業にも注力する。2024年に本格的な謎解きが楽しめる「リドラの謎解きスタジオ 池袋店」を東京・池袋にオープン。著書に『松丸くんが教育界の10人と考える 答えがない時代の新しい子育て』(小学館)、監修に「東大ナゾトレ」シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(いずれも小学館)など多数。
前編では、「人生の決断と金融リテラシー」についてうかがいました。
後編は、10月9日(金)公開予定です!

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