公開:2025.07.22

【年金制度改正】働くシニアへの影響は? 在職老齢年金制度の見直し(松井一恵氏)

ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「年金制度改正」第2回は、「在職老齢年金」の支給停止基準額の引き上げによって、働くシニアにはどのような影響があるのかをひもときます。

見直しの背景は「働くシニア」の増加

「人生100年時代」と言われるようになって久しく、「定年を迎えても元気なうちは働きたい」という意欲を持つシニアは年々増加しています。内閣府の調査によると、60〜69歳の半数以上(52.5%)が「65歳を超えても働きたい(働いた)」と回答。その理由(複数回答)を問うと、「いきがい、社会参加のため」(41.8%)、「健康にいいから」(37.8%)という回答を抑え、「生活の糧を得るため」という答えが77.5%と、トップになっています(※)。

 “老後”が長くなる一方で物価の上昇は止まらず、年金と貯蓄だけでは不安が残る——調査からは老後の生活を考えると働かざるをえないという、日本の高齢者の実情も浮かび上がります。こうした「働くシニア」の増加を背景に、2025年6月に成立した年金制度改正法には「在職老齢年金制度の見直し」が盛り込まれました。

在職老齢年金(在老)とは、60歳以降も企業で働く際に受給する老齢厚生年金のことです。年金の受給は原則65歳からですが、現在は一定の要件(男性が1961年4月1日以前、女性が1966年4月1日以前生まれであるなど)を満たした「特別支給の老齢厚生年金」を受給している60代前半の人も含まれます。

特別支給の老齢厚生年金を受給する60代前半を対象とする仕組みを「低在老」、65歳以上を対象とするものを「高在老」と呼びます。2022年4月には、低在老の支給停止の基準額を28万円から47万円に引き上げ、高在老の基準にそろえる改正が施行されました。

一方で、年金の支給開始年齢の引き上げに伴い、男性は2025年度、女性は2030年度に「低在老」の対象者はゼロとなります。今回の見直しの焦点となったのは実質、65歳以上の「高在老」のほうだと言えるでしょう。

支給停止の基準額を月62万円に引き上げ

年金を受け取りながら企業で働く場合、賃金(賞与を含む年収の12分の1)と老齢厚生年金の月額合計が「基準額」を超えると、超過した部分の2分の1が支給停止となります。また、支給停止の額が年金額を上回れば年金は全額停止となります。

2025年度基準(51万円)に当てはめて、本来の老齢厚生年金が月額10万円のケースで考えてみましょう。この場合、月収(賞与含む)を加算した額が51万円以下であれば年金を全額受け取ることができます。しかし、月収が51万円(年金との合計額61万円)の場合は年金が半分の5万円に、月収61万円(年金との合計額71万円)の場合は年金が全額停止となっていたわけです。

厚生労働省によると、65歳以上の働く年金受給者は308万人。そのうち50万人が支給停止の対象となっていたようです(いずれも2022年度末時点)。頑張って働けば働くほど、本来もらえるはずの年金が減額されることから、「シニアの働き控えを生んでいる」「就労意欲を阻害しない制度にすべきだ」といった議論が以前から重ねられていました。

今回の改正によって、支給停止の基準額は2025年度の51万円から62万円に引き上げられます(2026年4月より施行)。見直しの実施によって、厚生年金が支給停止となっている50万人のうち、20万人が全額受給可能になると予測されています。この人数が多いのか、少ないのかは意見が分かれるところですが、働く意欲がある高所得のシニアには朗報と言えるでしょう。

ちなみに、支給停止となる基準額は、企業で働く現役男性社員の平均月収(賞与含む)の変動に応じて、毎年度見直されます。前回の改正以降、2022年度は47万円、2023年度は48万円、2024年度は50万円、そして2025年度は51万円……と賃金の上昇に合わせて水準が引き上げられてきました。このように、今回の「62万円」という基準額は、改正によって厚生年金保険法に定められたものであり、実際の支給停止基準は毎年度変動するということもあわせて覚えておきましょう。

誤解が多い在職老齢年金は「自分のケース」をまず把握

講演やコンサルティングなどでお話しすると、「在職老齢年金」は非常に誤解が多い分野だと感じます。よく、生活者の皆さんから尋ねられるのは、以下のような疑問です。

誤解1:「基準額を超えると基礎年金も減額されてしまうの?」

誤解2:「支給停止になって減額された年金は会社を辞めたらその分がもらえるの?」

誤解3:「70歳になって厚生年金加入資格がなくなったら支給停止も解けるんですか?」

誤解4:「働きながら遺族厚生年金を受給。遺族年金だから支給停止されないですよね?」

まずは「誤解1」ですが、前述のように支給停止となるのは特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分のみ。老齢基礎年金をはじめ、経過的加算(特別支給の老齢厚生年金の定額部分を補うもの)や加給年金は減額されません(ただし、老齢厚生年金が全額支給停止される場合は、加給年金額も全額支給停止となります)。「誤解2」もよくある質問ですが、もちろん支給停止となった金額が後から給付されるということはありません。

「誤解3」は70歳以上になっても会社でずっと働きたいというシニアからよく聞かれる質問。企業勤務のシニアが70歳に到達すると、厚生年金の加入資格を喪失します。保険料の負担はなくなりますが、厚生年金の加入条件と同程度で働き続ける場合は、これも支給停止の対象となりますので注意が必要です。

「誤解4」は、配偶者などの遺族厚生年金を受給しながら企業で働き、自身も老齢厚生年金の受給権が発生したパターン。遺族厚生年金は老齢厚生年金に相当する額が最初に差し引かれ、老齢基礎年金と老齢厚生年金に上乗せされるかたちで支給されます。さらに、自身の老齢厚生年金が基準額を超えた場合は、これも在職による支給停止の対象となります。

年齢や性別、ライフスタイルなどによってさまざまに異なる年金の受給について考えるとき、重要なのは「自分のケースはどうなのか、きちんと把握しておく」ということです。60代以降、働き方のプランを立てる際は、まず年金事務所に足を運び、年金見込額の回答表をもらうことがファーストステップ。そうした資料が手元にあれば、自身が勤める会社の人事・総務担当にも今後の働き方や給与の水準などについて、スムーズに相談や交渉ができるはずです。

法改正の理解は「点」ではなく「面」で

シニアの雇用や年金に関連して、もう一つ知っておきたい改正は、60代前半が受け取る「高年齢雇用継続給付」の給付率の引き下げです。

「高年齢雇用継続給付」とは、60歳から65歳になるまでの加入者のうち、賃金額が60歳時点の75%未満に下がった人を対象に雇用保険から給付される制度。2025年3月31日までは、最高で賃金額の15%相当額が支払われていましたが、雇用保険法の改正により、2025年4月から給付率が10%に引き下げられました。

そもそも、年金を受給しながら高年齢雇用継続給付を受け取る場合、在職による年金の支給停止に加えて、年金の一部が支給停止となります。今回の改正でこの「高年齢雇用継続給付制度」に関わる年金の支給停止額が、標準報酬月額の最高6%から4%へと引き下げられたことも頭に入れておきましょう。

2021年4月には、70歳までの就業機会確保を企業の努力義務とする改正高年齢者雇用安定法が施行されました。2025年4月からは希望者全員の65歳までの雇用が完全義務化され、企業は定年の引き上げや廃止、継続雇用制度(再雇用)の導入などに取り組んでいます。

人手不足にあえぐ中、働く高齢者の就労意欲を後押しするような法改正が続いていますが、コンサルティングをしているとシニアの積極的な雇用には、企業によって温度差があるように感じます。高まるシニアの就労意欲に対して、企業は実際にどのように対応していくのか。企業側の取り組みも課題の一つだと注視しています。

シニアの雇用や年金に関わる改正が多く実施された2025年度。FPとしては、法改正という「点」だけを見るのではなく、関連する制度や仕組みもあわせて、実際にはどのような影響があるのかというところまで、「面」で理解しておくことも心がけましょう。

次回の【年金制度改正】分野は、「遺族厚生年金の見直し」について解説します。
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お話を伺った方

CFP®認定者、特定社会保険労務士、宅地建物取引士、OfficeM 代表

松井 一恵 氏

1991年関西大学法学部法律学科卒業。金融機関、税理士事務所、司法書士事務所勤務を経て、2000年に社会保険労務士松井一恵事務所を開業。2008年にOfficeMと改称し、中小企業の支援や講演・講師として活動する。著書に『「ブラック企業」とゼッタイ言わせない 松井式 超! 働き方改革』(KKロングセラーズ)。

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