公開:2025.10.16

【住まい】60代で直面する「親の家」問題。「実家じまい」の選択肢とは(有田美津子氏)

ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「住まい」パート第5回目は、60代の多くが直面する「親の家」の相続問題について、FPの有田美津子氏に伺いました。

なぜ今「実家じまい」が増えているのか?

親が90代まで長生きすることが当たり前になった現代、相続する子ども世代はすでに60代を迎えています。多くの場合、自身の持ち家も築20~30年を超え、子も独立して家庭を築いているでしょう。そんな状況で突然、築年数の古い実家を相続することになります。

60代で実家以外に生活している場合、「実家に戻って住む」という選択肢は、現実的ではないケースが少なくありません。老朽化した家を快適に住めるようにリフォームするには多額の費用がかかりますし、かといって「賃貸に出す」のも、よほどの好立地でなければ借り手を見つけるのは困難です。また、相続人に賃貸経営のノウハウや意欲がなければ、話は進みません。

結局、相続した兄弟姉妹や親族の誰もが「いらない」となり、結果として「実家じまい」、つまり売却を選ぶケースが非常に増えているのが実情です。これは、決して特別なことではなく、多くの家庭が直面する現代的な課題といえるでしょう。

資産価値の違いで異なる課題。「実家じまい」をFPはどうサポートする?

実家の相続は、その資産価値によって全く異なる課題に直面します。
地方の売れにくい物件や田畑などを相続した場合、どうすればよいのでしょうか。この場合、相続人の状況に寄り添い、解決策を共に考えてくれる不動産の専門家の力が必須となります。例えば、空き家問題に特化したコンサルティング会社や、地元の事情に精通した業者といった専門家です。彼らは、たとえ扱いにくい物件であっても現地に赴き、地元の業者と協力して売却への道筋を探ってくれます。FPとしては、こうした専門家と実務的なネットワークを築き、お客様の具体的な困りごとを解決に導くことが大切な役割といえるでしょう。

一方で、都心部などの資産価値が非常に高い実家を相続する場合も、問題は深刻です。兄弟姉妹で遺産分割を行う際、不動産の評価額を巡って意見が対立しがちです。特に、相続税の計算に用いる「評価額」ではなく、市場価格である「時価」での分割を求められると、実家を取得する代わりにほかの兄弟に渡す代償金が数千万円にのぼることもあります。60代という年齢で、多額の相続税と代償金を支払い、さらに高額な固定資産税を払い続けるのは、資金的に極めて困難です。また、兄弟の共有名義で相続するという選択肢もありますが、これは問題の先送りにすぎません。兄弟間ではうまくいっても、次の世代の相続では権利関係者がさらに増え、面識のない親戚同士で資産を共有することにもなりかねません。そうなれば、意見集約はきわめて困難になり、さらなるトラブルの火種となります。最終的には、売却して現金で分けるしか選択肢がなくなってしまうのです。FPには先々の相続のことまで見越した助言が求められてきます。

相続で慌てない。親が元気なうちに取り組むべきこと

相続が発生してから慌てないために、最も重要なのは「親が元気なうちに家族で話し合う」ことです。しかし、お金の話は親子間でも切り出しにくいもの。中には「財産を狙っているのか」と親の逆鱗に触れてトラブルになることもあります。そこまで行かずともどちらからも言い出しにくく、先延ばしになりがちです。
まずは、親の資産や収入、そして実家を将来どうしたいと考えているのか、家族全員で情報を共有することから始めましょう。お盆や正月など、家族が集まるタイミングを利用するのも一つの手です。それでも難しければ、FPなどの第三者を交えて話す機会を設けるのも有効です。ライフプランの変化や家の購入などをきっかけに、自然な形で話し合いの場を持つことが理想です。

同時に、実家の「現状」を正確に把握しておく必要があります。特に重要なのが、土地の境界を巡る問題です。昔の土地は、塀やブロック塀を境界の目印にしているなど、境界が曖昧なことが少なくありません。いざ売却しようとした際に隣家と主張が食い違い、トラブルに発展するケースは非常に多いのです。親世代であれば長年の付き合いから穏便に話が進むこともありますが、事情を知らない子世代同士ではそうはいきません。
また、実家が面している道路が「私道」の場合も注意が必要です。令和5年施行の民法改正により、建て替えや上下水道管の工事を行う際に、私道を共有するすべての所有者から「掘削承諾書」などの同意を得ることは必須ではなくなりました。しかし、承諾は不要でも事前に通知が必要であること、設備の設置や利用によって損害が発生した場合は「償金」を支払う義務が生じることには留意が必要です。こうした隣地との関係性は、長年住んでいる親でなければわからないことが多く、相続後に遠方の子どもたちが解決するのは至難の業です。
境界をめぐるトラブルの解決策としては、売却を考えるのであれば親が元気なうちに「確定測量」を行い、隣地所有者立ち会いのもとで境界を明確にしておくことが最も有効です。費用は数十万円かかりますが、将来の紛争を未然に防ぐためには不可欠な経費といえます。それでも万が一、隣地の協力が得られない場合は、法務局が境界を特定する「筆界特定制度」の利用や、最終手段として裁判で決着をつける「境界確定訴訟」といった法的な手続きも視野に入れる必要がありますが、時間も費用もかかります。

相続登記の義務化も始まりましたが、いまだに何代も前の名義のまま放置されている土地も少なくありません。売却するにせよ、国に返す(相続土地国庫帰属制度)にせよ、所有者名義が確定していなければ何も進めることはできません。
ほかにも、建築基準法上「再建築不可物件」になっていないか、抵当権の設定はないか、相続登記は済んでいるかなど、確認すべき点は多岐にわたります。放置する時間が長引けば長引くほど、打てる手は少なくなります。

FPとしては、こうした法的な確認や、家族間の話し合いの重要性を伝え、円満な相続に向けた準備を促すことが求められます。相続は、単なる手続きではありません。家族の未来を守るために、長期的な視点と事前の準備がいかに大切か、伝えていくことがFPの使命ではないでしょうか。

次回の【住まい】分野は、「リバースモーゲージを利用した、シニア向け分譲マンションへの住み替えと相続時の注意点」について解説します。
アコーディオン目次

お話を伺った方

CFP®認定者 相続診断士、住宅ローンアドバイザー、住まいのお金相談室 代表

有田 美津子 氏

大学卒業後、地方銀行にて法人・個人向け融資業務に従事。その後、子育て専業主婦を経て、不動産販売会社、損害保険会社、メガバンクでの住宅ローン相談窓口業務を経験。実務経験と生活体験を活かし、FPとして独立。現在は、住宅購入、住み替え、リフォームの資金計画から実行支援、介護や相続を見据えた世代をまたぐ相談など、住まいのお金に関するコンサルティングを中心に活動。特に、中立の立場から顧客に寄り添ったアドバイスに定評があり、各種セミナー講師や雑誌等への執筆も多数。

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