FP・専門家に聞く
2025.07.01
【家計管理】「手取り年収」、正しく知っていますか?(前野彩氏)

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公開:2025.07.01
更新:2025.06.30
ベテランのFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。「リタイアメントプラン」第1回は、相談需要が高まるリタイアメントプランにおいて、FPが果たすべき役割について解説します。
高年齢者雇用安定法の改正により、2025年4月から65歳までの雇用が義務化、70歳までの就業確保措置が努力義務とされました。人生100年時代において、60歳以降の働き方、暮らし方は多様化していますし、退職金や公的年金の受け取り方なども個々の状況に応じて判断する必要性が高くなっています。リタイアメントプランについての相談需要が高まっている背景やFPが果たすべき役割、求められるスキルについて考えてみましょう。
何歳まで働くか、退職金をどう受け取るか、公的年金を繰り下げるか。そしてどのような老後を送るのか。定年前後に考えるべきことはたくさんあります。選択肢が多いのはよいことですが、迷いや不安が生じることも少なくありません。そうした際にアドバイスができるのがFPです。
私は1996年にFPとして活動を始め、住宅ローンについてのアドバイスやコンサルティングを中心に行ってきましたが、ここ数年は、50~60代の方に向けてリタイアメントプランについてセミナーや執筆、コンサルティングを行うことが増えています。社会的にリタイアメントプランに関する情報が求められていたり、相談ニーズが高まっていたりすることを肌で感じます。
20年ほど前には、「1万~2万円の相談料を払ってFPに相談する人はいるのか」と聞かれることも少なくありませんでした。それは10年前でも同じでしたが、最近はそのようにいわれることはほとんどなく、「知識がある人に相談するのがいい」などの声を耳にすることが増えています。家族や知人の中にFPに相談したことのある人がいたり、友人や親御さんからの紹介や勧めで相談を申し込まれたりする方もいます。
人生において、何かを選択する場面が増えていること、不安が増していること、よりよく生きたいという思いが高まっていること、そしてFPに相談する価値への理解が深まっていることの表れのように思います。リタイアメントプランについての相談需要の高まりは、対象となる人口が増えていることに加え、考えるべきことが多いことも影響していると考えられます。
リタイアメントプランとして一般的といえるのが、定年後も元の会社で働いて給料で生活し、65歳から公的年金を満額受け取るというプランです。しかし60歳以降は「収入ダウンの崖」があり、年収が定年前の半分程度になる人もいますし、1/3程度まで下がる人もいます。どの程度の収入になるかは定年の1~2カ月前にならないとわからない場合が多く、収入が下がってから慌てて相談にいらっしゃる方もいるほどです。リタイアメントプランを立てるうえでも、「収入ダウンの崖」があることを伝え、家計を見直す必要性についてFPが情報発信することが重要だと思います。
退職給付金の受け取り方についての相談も少なくありません。いつ受け取るか、一時金か分割か、分割なら何年で受け取るかなどです。iDeCo(個人型確定拠出年金)に加入している人はその受け取り方も決めなければなりませんし、個人年金も保険会社によっては受取時期を延ばすことができます。退職金などは受け取り方によって税金のかかり方や社会保険料への影響なども異なりますし、公的年金を繰り下げ受給して年金額を増やすかなども検討する必要があります。
複数の選択肢からいずれかを選ばなくてはならないとき、最近はインターネットで検索した記事を読んだり、動画配信を見たりする人が増えています。情報に触れたり、税金などの基礎知識を身に付けたりするのはいいのですが、「一般論」であったり、「これがお得」などと数字のうえでの損得を示すものが多かったりすることもあるようです。実際に、「知識を持ったがゆえに、自分はどうすればいいのかがわからずに困り果ててしまった」と話す相談者が急増しています。こうしたケースは今後も増えるでしょう。
受け取り方を選択するポイントは、損得だけではありません。住宅ローンがどの程度残っているか、教育費の支払いの目途は立っているかなどの家計の状況、さらには、お金を適切に管理して計画的に使うことができるか、どのような暮らし方を望んでいるかなど、相談者の性質や価値観なども考慮したうえで検討する必要があります。そうした個々の状況に応じたアドバイスができるのは、FP以外にいません。
情報が得やすくなったことも影響し、「退職金はNISAで運用したい」「公的年金はできれば繰り下げ受給したい」などと考える人は増えています。しかし、そのような人でもリタイアメントプランの全体像を描き切れていない場合があります。「これからの人生、何がしたいですか」とお聞きすると、返答に困られる相談者も少なくないのです。
相談者のなかには一時的な感情で60歳でのリタイアをしたものの、1カ月で「辞めなければよかった」と後悔する人も多数いました。そのため、60歳でリタイアを希望する人に対しては「完全に辞めると社会とのつながりも希薄になり、しんどいですよ。週3日勤務など、負担の少ない働き方をして、今後についてじっくり考えてはいかがですか」と提案することもあります。やりたいことがなければリタイアしても時間を持て余すだけで、「ハッピーリタイアメント」とはいえませんから。
また、女性では体調の変化などもあり、55歳前後で「仕事を辞めたい衝動」に駆られる方も少なくありません。50代での退職は年金額にも影響しますし、なにより公的年金の受給開始年齢まで無収入で暮らすのは容易ではありません。相談者の将来を考えれば、デメリットをお伝えすること、そのうえでの判断を促すことも、FPの重要な役割です。「相談者に寄り添う」だけではなく、デメリットも伝える、難しいことは難しいと伝え、負担を軽減する方法を提案する。それがFPとしての責任であり、本当の意味での「寄り添い」だと思っています。
コンサルティングの際には源泉徴収票や給与明細などを持ってきていただきますが、そこから読み取るのは収入だけではありません。会社の規模や業種を確認する、すると退職金について見当がつくなど、複数の情報が得られることがあります。そこから必要な質問をして、60代前半の働き方などに話を進めていきます。矢継ぎ早に質問するのではなく、雑談をするかのように話を引き出していきます。
例えば、お子さんがいれば「まだ教育費がかかりますね」「退職金の一部は教育費に使う必要がありそうですね」などと話してみる。それが退職金の受け取り方を考えるうえでの材料になることもあります。また、お子さんに教育費はかかっていない(学生ではない)が、独立していないなどの話から、働けない状態(ニート)であることがわかり、資金援助の必要性をプランニングに反映させることもあります。
独身の方にも、お子さんがいるかどうか尋ねることもあります。現在は独身でも、離婚歴があってお子さんがいる、教育費を負担しているなどのケースもあるからです。ご両親は存命か、経済的な援助は必要か、援助はしないまでも遠隔介護で帰省費用がかかるかなども、リタイアメントプランを立てるうえでは必要な情報です。リタイア後の生活や住宅ローンの有無などを確認するだけでは不十分なのです。
さらにお子さんのいない方にはお金を遺したい相手がいるかもお聞きします。計画的に使い切ろうとしても、命の長さがわからないため、そううまくはいきません。長く共働きをしてきたご夫婦では金融資産が1億円を超えるケースも増えていますが、「誰に遺すかまでは考えていなかった」とおっしゃる相談者がほとんどです。ご両親の年齢、ご兄弟や姪甥との関係性などはどうか。リタイアメントプランに関係する要素を把握するために、「聞く・聞く・聞く」が大事なのです。
「聞く・聞く・聞く」を丁寧に重ねていくことでFP自身の引き出しも増え、相談者が話しにくいこと、気づいていないことを察知できるようになります。
CFP®認定者、株式会社生活設計塾クルー 取締役
深田 晶恵 氏
外資系電機メーカー退職後、1996年にFP資格を取得。FP会社を経て独立。コンサルティングを中心にメディアでの情報発信、講演活動を行う。定年退職前後の生活設計、退職金などの受取方法アドバイス、共働き夫婦の家計管理、シングル向けの生活設計など、得意分野は多岐にわたる。モットーは「すぐに実行できるアドバイスをすること」
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