公開:2025.12.16

【社会保障】人生100年時代、公的年金を賢く増やすために(井戸美枝氏)

チャット風吹き出し最終決定版(中央寄せ修正版)

ベテランFPや経済の専門家が、FPに関わるさまざまなテーマやトピックスについて、全6回にわたり解説します。

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井戸美枝氏

「社会保障」の第1回目は、長寿時代の生活を支える公的年金の増やし方について解説します。

知っておきたい、年金を増やすための2つの基本戦略

人生100年時代といわれる現代、老後の生活を終身にわたって支える公的年金の重要性はますます高まっています。公的年金は単なる貯蓄ではなく、長生きや物価上昇といったリスクに備える「保険」です。この大切な年金を増やすには、大きく分けて2つの基本的な戦略があります。

一つは、厚生年金に加入し、なるべく長く、そして高い収入で働き続けることです。国民年金は40年の全期間にわたり保険料を払った人は83万1,700円(2025年度価額)と、受給額が決まっているのに対して、厚生年金は加入期間と収入の両方が反映されるため、これが年金額を増やす最も直接的な方法となります。そのため、現在は65歳までの就労機会の確保が義務化されていますが、再雇用などでそれ以降も働き続けるという選択も有効となります。

もう一つが、65歳以降に年金受給を開始する「繰り下げ受給」を選択することです。 受給開始年齢を繰り下げることで、図表1のような効果があります。これは、現在の年収や働き方に関わらず、誰でも実践できる有効な手段といえるでしょう。

図表1■受給開始年齢の変更に伴う増減率と損益分岐年齢

70歳からもらえば42%増、81歳まで生きるのが65歳から受給した場合を上回る条件

受給開始年齢年金総額の増減率損益分岐年齢(65歳起点)
60歳-24%80歳未満
61歳-19.2%81歳未満
62歳-14.4%82歳未満
63歳 -9.6%83歳未満
64歳-4.8%84歳未満
65歳
66歳8.4%77歳以上
67歳16.8%78歳以上
68歳25.2%79歳以上
69歳33.6%80歳以上
70歳42.0%81歳以上
71歳50.4%82歳以上
72歳58.8%83歳以上
73歳67.2%84歳以上
74歳75.6%85歳以上
75歳84.0%86歳以上

出所:井戸美枝氏作成

「繰り下げ受給」は本当に得か? そのメリットと注意点

繰り下げ受給を選択すると、1カ月当たり0.7%ずつ年金額が増額され、75歳まで繰り下げれば最大で84%も増やすことができます。この0.7%という増額率は、平均寿命の延びを考慮すると、実は非常に有利な設定になっています。繰り下げて増えた年金額は、約12年間受け取ると65歳から受給を始めた場合の総額を上回る計算になり、長生きするほどその恩恵は大きくなります。

しかし、注意すべき点もあります。年金額が増えることで所得が増え、その結果として所得税や住民税、国民健康保険料などの負担が増加する可能性があるのです。さらに、医療機関での窓口負担割合も上がる可能性もあります。一定以上の所得がある方は、75歳以上であっても窓口負担割合が1割から2割に上がるなど、家計への影響は無視できません。

FPとして顧客にアドバイスする際、こうしたデメリットを回避するための具体的な戦略が求められます。例えば、年下の配偶者がいる場合、厚生年金を繰り下げるとその期間中「加給年金」が支給停止になってしまいます。これを避ける場合は、厚生年金は65歳から受け取り、「基礎年金」だけを繰り下げるという方法が有効です。

他にも、夫婦それぞれが基礎年金のみを繰り下げる、あるいは長生きする可能性が高い女性側だけが繰り下げるなど、世帯の状況に応じた柔軟なプランニングが重要になります。

図表2■年金受け取りシミュレーション

65歳未満、配偶者ありで試算

公的年金 所得税・住民税健康保険料手取
2,000,00035,900155,5941,808,506
2,500,00078,400184,5072,237,093
3,000,000121,000277,5192,601,481
3,500,000173,200306,4323,020,368
4,000,000225,500335,3443,439,156

出所:井戸美枝氏作成

年金は「使う」ために増やす。豊かな老後へのアプローチ

老後資金について考えるとき、私たちはつい「いくら貯めれば安心か」という不安に囚われがちです。しかし、最も大切なのは、確保した資金を元気なうちに有意義に使うことです。

終身にわたって安定した収入をもたらす公的年金をしっかりと増やす備えをしておけば、他の預貯金や個人年金を安心して計画的に取り崩し、旅行や趣味などにお金を使うことができます。繰り下げ受給を開始するまでの間の生活費は、iDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)などを活用して賄うのが賢明です。特にiDeCoは、掛金が全額所得控除の対象となるため、現役世代にとっては税負担を軽減しながら老後資金を準備できる非常に有効なツールです。

また、将来認知症などによって判断能力が低下した場合でも、公的年金は指定口座に自動的に振り込まれるため、基本的には施設利用料などの支払いが滞る心配も少ないでしょう。自分の手を通さずに自動的に支払いができる仕組みを整えておくことは、将来の安心につながる重要なポイントです。そもそも、厚生年金に払い込んだ保険料は、65歳から受給を始めれば約18年で回収できる設計になっています。つまり、平均寿命まで生きれば十分に元が取れる仕組みです。過度に不安になるのではなく、制度を正しく理解し、賢く活用することで、豊かで安心な老後を過ごすための一助とすべきでしょう。

次回の【社会保障】分野は、老齢年金とiDeCoとの付き合い方について解説します。
アコーディオン目次
【社会保障】 第1回~第6回はコチラ (井戸美枝氏)
第1回人生100年時代、公的年金を賢く増やすために
第2回公開をお楽しみに!
第3回公開をお楽しみに!
第4回公開をお楽しみに!
第5回公開をお楽しみに!
第6回公開をお楽しみに!

お話を伺った方

CFP®認定者、社会保険労務士、井戸美枝事務所代表

井戸 美枝 氏

関西大学社会学部卒業。社会保険労務士として独立。講演や執筆、メディア出演などを通じ、年金や社会保障、個人の資産形成について、生活者の視点からわかりやすく解説している。社会保障審議会企業年金部会委員などを歴任し、現在は国民年金基金連合会および日本FP協会の理事も務める。

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